たまゆら聖地巡礼の旅その3

2012.08.28 Tuesday

竹原港からしまなみ海運の高速船に乗って40分。

大長港
大崎下島の大長港に到着。現在午後4時25分。

さて、なぜ竹原からわざわざ大崎下島まで行ったかというと、大崎下島にある御手洗という町こそがまおんちゃんの故郷で、4、6、11話となんども本編で出ているからです。
大長港2

御手洗にも港はあるのですが、航行距離の都合か御手洗港に行く便は少なく、たいていは大長港が終点となって竹原に折り返してしまいます。
大長港から御手洗へ行くには島内を走るバスを使うという手もあるのですが、時間を見計らって乗るのが難しいので、15〜20分かけて歩いていきました。作中でも、ぽって達は歩いて行ってますしね。

大長港から御手洗までは一本道なので、あまり迷う心配はありません。
現在では、歴史的に長い御手洗よりも、深い入江を持つ大長の方が大崎下島の生活の中心地になっています。
「観光地化されてそうで生活臭があまり感じられない場所なのかな」という先入観をなぜか持っていたのですが、大長の入江や、通りかかった豊小学校で少年たちが野球をしているのを見て、結構活気あるなあと勝手に思ったりしていました。

みたらい散策絵図
歩いて20分弱で御手洗に到着。さて、まずは…

乙女座
乙女座
乙女座です。結構でかくて自分のコンデジでは収まり切らない……

しかし、せっかく来たのに乙女座の扉は閉まっているし、街の通りも人が極端に少ない。
……実はこの日は火曜日で、観光案内をしている潮待ち館も江戸みなとまち展示館もお休み。
御手洗にとってこの日は休日なんです。
もちろん事前に調べた時にわかっていて、「竹原のついでだし、とりあえず写真に撮れればいいかな」くらいのつもりで島が休みなのを承知で行ったのですが、予想以上の"お休みモード"でとんだ失敗でした。
大崎下島の観光パンフレットも、大長港あたりで入手できるだろうと思ってたら、どこにもなかったのも痛い。
観光パンフレットもなく手当たり次第にグルグルと回ったせいで、まおんちゃんの実家のモデルになった七卿落遺跡もうっかり見逃してしまいました。

以下は回った順番に現地の画像を。

新光時計店
乙女座と同じ通りにある新光時計店。日本最古の時計店だとか。

潮待ち館
潮待ち館のある常磐町通りの、江戸時代を偲ばせる木造家屋の並ぶ通りです。

旧柴屋住宅前
同じ常磐町通りの旧柴屋住宅前を通りかかるシーン。

御手洗に来て印象的だったのは、木造家屋から当たり前のようにテレビや料理をする音などの生活音が漏れてきていたところ。
竹原の町並み保存地区は、本町通りの家屋はほとんど観光施設化されていて、裏通りも含めて昔ながらの木造家屋からの生活音はあまりしませんでした。
しかし、御手洗ではちょっと裏に入っても昔ながらの木造家屋が多く、しかも各家庭から生活音が漏れてきているんです。もちろん、御手洗でも上記の常磐町通りのように観光施設になっている家屋は多くありましたが、竹原に比べて御手洗のほうが木造家屋を"自然に"使用し続けているという感じがしました。
今でこそ本土と橋で結ばれていますが、輸送手段が船しかなかった昔では、潮風の腐食にも強い木造家屋を、島の木材を利用して補修したほうが効率的だった、などの理由があったのかも。

天満神社
港から離れて丘側に向かうと天満神社(天満宮)があります。
この神社の左を通る道を行くと、4話で「願い事を唱えながらこの下をくぐると、願いが叶うと言われているの」(by まおんちゃん)と言われていた、神社の下をくぐるトンネルが。
天満神社2
しかし意外と奥まったところにあってちょっと怖い雰囲気。
このトンネルや天満神社の境内あたりから、虫がブンブン飛んでくるようになって辛かったです。

長州や薩摩の藩士たちが会合を行ったという金子邸を通りながら、さらに島の奥の方に行くと、古い石垣が見えてきます。ここが満舟寺です。
満舟寺

この満舟寺の入口の階段に、かおたん達がポーズを真似したちょっとレトロな看板があります。
のりえ「か、関節があああ……」
満舟寺・看板

満舟寺入り口から海側の通りに出て、その道にそって進むとこの船宿跡。
船宿跡

そして、その先には住吉神社と江戸時代の高灯籠があります。
逆光になってしまってわかりにくいですが、この高灯籠もたまゆら本編に出ています。
江戸時代の高灯籠

さらに、住吉神社を過ぎた先に、駐車場兼お食事処・お土産処・観光案内の脇坂屋・べっぴんさんがあります。
ぽって達が昼飯をとっていたところですが、もちろんお休み……(泣)
観光マップ、欲しかったなあ。
お食事処・脇坂屋

これで御手洗の町もとりあえず端まできました。

ここから満舟寺の石垣まで再び戻ります。
この満舟寺の隣に"ふるさと学園"というかつての御手洗小・中学校跡地があるのですが、ここの敷地の奥に、まおんちゃん達が事あるごとに登っていた"歴史の見える丘公園"に繋がる、丘をつづら折りで登っていく階段があります。
御手洗出身の維新志士、星野文平の碑が階段の目印。

丘公園9
虫がブンブン飛んでいるつづら折りの階段を抜けると、両脇にこの島の名産品である"大長みかん"の木が広がる一本道に出ます。あの先に見えるのが……

丘公園1
歴史の見える丘公園の憩いの広場(展望台)入り口。
さあここからちょっとふんばりタイムです。

丘公園3
丘公園2
元気なのりえちゃんとは違って、玉のような汗を流してヒイヒイ言いながら登っていきます。
本編の画像では階段途中にあったテラスは、台風の影響で柱が崩壊して立入禁止になっていました。
そして、さらに登って行くと……

丘公園5
やっと展望台に着きました!

丘公園4
丘公園7
なんだか大仰なネーミングの公園ですが、"歴史が見える〜"かどうかはともかく、確かに見晴らしはとても良い所です。
ぽって達の最初の出会いを描いた6話や、まおんちゃんの発表が終わった後の11話など、たまゆらの中でも印象的なシーンで登場している重要な場所だけのことはあります。

これにて大崎下島御手洗の探索は終了。
大長発竹原行の高速船は19:01が最終便なので、それに間に合うように大長港まで歩いて戻りました。ここまで回って展望台を後にしたのがちょうど6時頃だったので、夏なら良いけど冬だと暗くなってしまって探索はちょっと厳しい時刻ですね。
ここで七卿落遺跡に立ち寄ることを思い出していればなおよかったのですが……

大長港3
帰り際の大長港。

なんだかんだでもうヘトヘト。
19:45分頃に竹原港につくと、ちょうど良く竹原駅まで行くバスが着ていたのでそれに乗り込みます。

竹原駅構内
最後、時間帯が違いますがちひろちゃんを送るシーン。
この夜は次の日旅行する町に宿泊する予定だったので、このまま竹原を後にしました。

以上、1日がかりとはいえ思ったより強行軍になってしまいましたが、とりあえず満足できました。
一度現地を訪れてからたまゆら本編を見直すと、いろいろな発見があって、聖地巡礼したかいがあったなと思います。
ただ、余計に「○○も見れば良かった……」という後悔の念も増えますけど(苦笑)

もしこの記事をみて聖地巡礼をしようとする奇特な方にアドバイスするなら、とりあえず、「大崎下島を見るなら火曜日はやめとけ」と(笑)
あと、今回はバスで竹原に入って、そこから高速船で大崎下島まで行きましたが、実は大崎下島は"安芸灘とびしま街道"という連絡橋群によって本土と橋で結ばれていて、広島や呉からバスで行けたりします。
自分は竹原めぐりがメインで、「大崎下島はいける範囲」でと考えていたのでこのようなコース取りをしましたが、大崎下島をメインに据えるならそういう選択肢もあることを念頭に入れておいたほうがいいでしょう。ただ、大長から竹原への高速船は9:50の次が14:02なので、竹原を同日に見たい場合はやはり微妙かもしれません。
竹原港発の高速船は、自分が乗った竹原港15:40発の便の前に13:05発の便があるので、午前中に竹原散策を終えて、13時の便に乗って大崎下島に行き、17:20大長港発の便で竹原に戻る、あるいはバスで呉市方面へ抜けるという方が一番無難でしょうか。
個人的には、大崎下島の御手洗は予想以上に風情のある街並みでよかったので、ちゃんと観光地として営業してる日に改めて行きたいとか考えています。

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2017.10.03 Tuesday

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