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2016.10.29 Saturday

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セイウンスカイ死去

2011.08.29 Monday

二週間近く経って落ち着いてきたので。
セイウンスカイが2011年8月16日、馬房で立ち上がった際に頭を強打し、
(恐らくそのショックによる)心臓発作で亡くなったそうです。

下記は西山社長のブログによる報告と、JRA、各報道媒体の記事。

セイウンスカイ死亡|西山牧場オーナーの涙気分
http://ameblo.jp/nybokujo/entry-10987432987.html#main
セイウンスカイよ、永遠なれ…|西山牧場オーナーの涙気分
http://ameblo.jp/nybokujo/entry-10987596643.html

セイウンスカイ号が死亡 | JRA
http://jra.jp/news/201108/081603.html
98年の二冠馬セイウンスカイが死亡 |netkeiba.com
http://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=57873&category=A
セイウンスカイが死亡、保田師「宝物のような馬でした」 | netkeiba.com
http://news.netkeiba.com/?pid=news_view&no=57892&category=A

当時ダビスタから興味を持ちはじめてリアルの競馬を見た人は少なからずいたと思います。
僕もまさにその口で、実際にレースを見始めたのは99年、
しかも、G1級レースしか興味がなかったので、スカイの全盛期は見たことがありませんでした。
それでも、スペシャルやグラスと比べてその地味な血統とレースぶりに惹かれたのを覚えています。
しばらく競馬を離れた後、02年頃から競馬熱が本格化しはじめて、
改めてスカイ(や98年クラシック組)のレースをインターネットで動画を探してみて、
凄い世代だったんだな。もっとちゃんと見ておけばよかったと後悔しました。

結局は、エルコンドルパサー、グラスワンダー、スペシャルウィークと比較して、
98年クラシック組「第4の男」に甘んじてしまったわけで、
今回の訃報に際しても上記のような死亡記事が出るだけで終わりかな……と思っていたのですが、
各競馬関連媒体から追悼のコラムが続々出てきました。

競馬コラム - netkeiba.com | 日陰に咲く月見草セイウンスカイ/吉沢譲治/血統が語る真実
http://old.netkeiba.com/news/?pid=column_view&no=18070
追悼・セイウンスカイ | 馬産地ニュース | 競走馬のふるさと案内所
http://uma-furusato.com/news/detail/_id_60233
平松さとしコラム - セイウンスカイの急逝…横山典騎手の思い入れの深さを感じた言葉とは[コラム王国]- UMA-JIN.net「UMAJIN(ウマジン)」
http://uma-jin.net/column/column.html?id=958

2冠馬とはいえ、旧4歳には脇役扱いだった馬にこれだけの記事が出るというのは、
やはりスカイという存在が、競馬関係者にとって大きな印象を残したものだったのだなとうれしかったです。

全く主流でない血統、
行方不明の父、
牡馬クラシック無冠の名門西山牧場の生産馬、
華麗な逃げと、ゲート入で見せる危なっかしい気性、
横山典弘という相棒の存在

今も競馬はだらだら見ていますが、こういう"奇跡"の馬が派手なレースで成り上がる、
そういうファンが感情移入してしまうような夢がこの頃にはあった気がします。
懐古厨と呼ばれても仕方ない言い方だとは思いますが…

個人的に気になった記事をもう少し。

爆走期待できるスカイ産駒:東スポWEB−東京スポーツ新聞社
http://www.tokyo-sports.co.jp/hamidashi.php?hid=15274
「血統的に地味だったのもあるが、運もなかった」と保田師。SS系による戦国模様、スピード重視の流れなど負の要素があいまって、活躍馬を出せずに終わった。「うちにオンワードアミラルというスカイ産駒がいて未勝利の身で500万を完勝。体質が弱くすぐ引退したけど、オープンに行ける器だった。配合次第で大物を出す資質は持っていたんだ」。優秀なDNAを身をもって知るだけに余計に無念の思いが強い。

オンワードアミラルのことはよく覚えています。
スカイの初年度産駒がデビューした2005年、
西山牧場のスカイ産駒(ニシノスカイハイやニシノキリフダ)が勝ち上がれない中、
スポーツ新聞のウェブ版(たしか東スポ)で、スカイ産駒で坂路で良い時計を
出している馬がいると記事にされていたのがアミラルでした。
その記事の直後骨折してデビューは振り出しに。
翌年復帰後もしばらく結果が出ず、2年度目の産駒がデビューし始め、
注目のニシノプライドが惜しいデビュー戦から未勝利勝ちをした直後にあの500万戦がありました。
中段待機から直線で外に出て芝2200を差し切り。未勝利馬にもかかわらず2馬身半差の楽勝。
この後もスカイの産駒はずっと注目していましたが、
基本的にはニシノプライドやマイヨールのようにややスピードが足りず、
マイルから短距離戦で先行して粘り込むような産駒ばかりでした。
しかし、アミラルの500万はあきらかにスピードにモノを言わせた勝ち方でした。
今思えば、保田師のいうとおり本当の大物だったのかもしれません。
そののちわずか1戦して引退。本当に残念でした。

【訃報】セイウンスカイ: 競馬サロン ◇ ケイバ茶論
http://hirotomi.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-751c.html
「嬉しいじゃありませんか。こんな時代になってスイートフランスに遡る血統が活躍するなんて、思いもしませんでしたよ。外国からお母さん連れてきて、サンデー付けるのもそりゃ競馬でしょうけど、競馬の面白さって本当はこういうことを言うんですよ。そうは思いませんか?」

セイウンスカイが皐月賞を勝った時の野平祐二氏の台詞だそうな。
シンボリ牧場が30年以上前に導入しカーネルシンボリなどと交配してきた母系と、
マイナーな血統の父親、こういう血のドラマは、
関わったプロフェッショナルの方にとってはより喜ばしい出来事だったんだろうなと思います。


2011年8月末現在で残っている産駒は、中央ではマイヨールとニシノマナザシのみ。
地方でもスカイレジーナ等もはや10頭もいません。
繁殖入りしたのはニシノフラワーとの仔ニシノミライと、名古屋で活躍したバトルバーズアイの2頭。
どうか、母系にだけでも血を残してほしい。
そして、マイヨールにはぜひプライドが果たせなかったOP勝ちを。
がんばれ、スカイの子供たち。

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