新興宗教オモイデ教 感想

2009.11.03 Tuesday

忘れないうちに10月に読んだ小説の感想を書きます。
アニメ感想はもう少しまってね!

 今回選んだのは大槻ケンヂの「新興宗教オモイデ教」。元々僕は小説をまったく読まない期間が3ヶ月続いたり、一方で1週間に2冊以上のペースで読んだりペースにかなりばらつきがあるのですが、最近また小説を読むのがおっくうな時期に入ってしまって、気軽に読めそうなものをということでさよなら絶望先生にも曲を提供しているオーケンの処女作を読んでみようと思い立って借りてきました。
 ストーリーは、周りの人間を「誰かがジルバを踊りだしたら全員で踊りだすような、シュタイセーのないやつらばっかり」と見下し学校でも一人ぼっちな鬱屈した主人公が、一ヶ月前に精神を病んで学校から消えたクラスメイトのなつみに、メグマ祈呪術という人を狂わせる超能力を使う新興宗教「オモイデ教」に勧誘されてしまい、オモイデ教教祖トー・コンエを敬愛するなつみが気になる主人公は、オモイデ教に入ってメグマ祈呪術の素質を開花させていく……というもの。
 出てくる人物はかなり個性が強いです。とくに、ノイズ・ミュージックをやっていてそのままくだらない世界に苛立ちを感じながら、世界を変えられるメグマ術に惹かれて入信した関西弁の男"中間"や、その中間のバンド時代の相方で、後にオモイデ教の敵として現れる狂った男の"ゾン"は、中盤では主人公を明らかに食う勢いの存在感があります。一方で、ヒロインのなつみが敬愛するオモイデ教の教祖トー・コンエは、周りに都合の良い人材ばかりをあつめ、自身の居心地の良い歪んだ矮小な世界を維持しようとする卑屈で器の小さい人間として書かれているのも興味深いところ。この小説は、「主人公(ジロー)――なつみ――トー・コンエ」「主人公――中間――ゾン」という二つの人間関係で構築されていますが、それぞれがオーケンが経験した「若くして熱狂的なファンを持つバンドのボーカリストになってしまい、自分の発言に追従するファンを見て元々卑屈な自分が知らないうちに得てしまった影響力についての苦悩」と、「世の中への不満を過激なライブパフォーマンスとして発散していた、80年代後半から90年代初頭にかけてのバンドブーム期のアングラバンドマン達の生き様」をメグマ術という形で表現したものと考えると面白いです。
 相手を狂わせる超能力の素質を持つ自意識過剰な主人公、自分を取り囲む世界を憎む登場人物たち、周りを滅ぼす能力がありながら、オモイデ教の人間と敵対する相手のみにほぼ限られ話が進む狭い社会描写、と単純に見れば「なんだもう使い古された超能力バトル+セカイ系か」と思ってしまうかもしれませんが、この本が出たのは1992年、いわゆるセカイ系の代表作が出始めた時期より少し前なんですね。この小説がセカイ系の"元祖"の一つと考える人も少なからずいるようです。さらに当時は超能力や新興宗教のブームが到来しはじめた時代で、この3年後の1995年にオウム真理教が地下鉄サリン事件を起こしたことを考えると、当時のブームに乗りながら、その先の流れを予期していた凄い作品! といえるかもしれません。ちょっと褒めすぎかもしれませんが、90年代のアニメ系サブカルチャーに大きく関わっているのは間違いないので、少しでも興味があったらぜひ読んで欲しいです。角川文庫からでている文庫版で215ページと短いですし、バンドブームに関して簡単ながら語ったあとがきも面白いです。これを期に他のオーケンの小説も読みたいなと思うくらい魅力のある小説でした。

評価:
大槻 ケンヂ
角川書店
¥ 441
(1993-04)

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2017.10.03 Tuesday

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